宮中祭司のスガルさん スガル、サンジを集める その2 | ブラックの黄色い家

ブラックの黄色い家

小説、TV、映画、ゲーム、漫画、そして自身の創作のことを中心にギコギコと書き重ねていく日記です。

 ミカドと大后

 ある日、ミカドは顔をしかめながら大后(おおきさき)のところにやってきました。

 この時代の王様は、たくさんの女の人といっぱい結婚することができました。
 王の妻は妃(きさき)といい、その中でも帝の一番の妃を大后(おおきさき)や皇后(こうごう)と呼びます。

 大后はゆったりとした裳(も)をはき、衣(ころも)の上に白い領巾(ひれ)を肩から羽織ったお姿で、天女のように美しいひとでした。
「まあ、あなた。そんな難しい顔をされて、どうされたのです?」
 ミカドは背丈も高く、がっしりとした体つき。
 つり上がった眉と鋭いまなざしがとても力強くて、怖そうな顔をしているお方でした。
「おまえ、少し話がある」
 ミカドはそう言いながら、肩をそびやかして、大后の部屋にいた侍女(じじょ)や下女(げおんな)たちを鋭く睨みます。
 それだけで、そそくさと女達は部屋から出ていってしまいました。

 二人きりになってから、ミカドはいからせていた肩を落とすと、その場にどっかとあぐらを組んで座りました。
 大后も、ミカドの側に寄り添うようにしてそっと座ります。

「民が、そして一部の臣下(しんか)達までもが、おまえの悪口を言っているのだ」
「わたくしの?」
「そうだッ」

 顔を真っ赤にして怒っているミカドの顔を、大后は愛おしく思いつつも、これは危ないと思いました。
 気を荒げているミカドは本当に恐ろしく、ちょっとしたことで人の首を斬り落としてしまいかねないほどなのです。
 そんなミカドの荒ぶる心を静め、和らげることこそ自分の役目だと大后は思っていました。

「あなた、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかッ」
「でも、わたくしはそのようなこと気にしません。どうか――」
「わたしが気にするのだッ。連中はおまえのことをなんと言っていると思う?」

 “あなたもお気になさらず”と言おうとしたのを遮られ、そう言われてしまったので、大后は困ってしまいました。
「さ、さあ。わかりません」
「やつら、おまえのことを“一族を服従させられたのに、大悪帝に媚びを売る、ずる賢くて悪い女だ”と陰口をたたいているのだ!」
「……」

 これにはさすがに大后も悲しそうな顔をしてうつむいてしまいました。
 ミカドは、かつての自分のお父さんやおじさんや兄弟達と同じように、たくさんの妃を持ちました。
 その多くは、ミカドが討ち滅ぼしたり服従させた、皇族(こうぞく)や豪族(ごうぞく)の血を引く人たちでした。

 皇族とは皇の血筋を引く一族。
 豪族とは召使いや兵隊を大勢かかえ、富や武力を持つ一族のことです。

 そういった一族の女を妃にむかえることで、ミカドは敵対する皇族や豪族を強引に納得させ、従えて味方につけたのです。

 だから大后の一族が服従させられた、というのは本当のことでした。
 しかし、大后の一族は正面きってミカドに反抗したわけでも、ミカドの方から戦をしかけたわけでもありませんでした。
 力で征伐(せいばつ)されたわけではなかったのです。
 ミカドは大后のお家に、きちんと求婚(きゅうこん)に訪れ、大后の一族は納得の上でミカドに忠誠(ちゅうせい)を誓ったのです。

「ほかの妃の一族が悪い言葉を流しているのだろうか……」
「あなた、そう物事を悪い方へと考えてはよくありません」
 そう言いながらも大后は様々な考えを頭の中で巡らせていました。

(妃の一族は本当に酷い目にあわされている者達も多い。そんな彼女たちをさしおいて第一の妃である皇后の座についたわたくしを恨んでいる者は当然いるでしょうね……それに……)

 それにミカドは大后を特別扱いしすぎているところもありました。
 大后のためだけの土地を授け、そこで仕える者達を用意するために、古代より名のある豪族を丸ごと召し抱え、与えたりしていたのです。
 ミカドは大妃に優しかっただけでなく、彼女の才覚(さいかく)も認めていたための行いでした。

 それだけ、ミカドにとって大后は特別なひとだったのです。
 大后はミカドと遠い親戚になる皇族のひとで、たいへん賢く、勇気と思いやりのある女の人でした。
 大后は何代も前の、かつて聖帝(ひじりのみかど)と人々に敬われた王の血を引く人です。


 聖帝は皇子だった時、ほかの皇子とお互いに皇位(こうい)につく|(帝になること)のを譲り合ったという、たいへん優しいお方でした。
 しかし、皇位を譲り合うこと数年。
 帝が不在のままでは国が混乱すると思い悩んだ相手の皇子が、自らの命を絶ってしまいます。
 聖帝は悲しみながらも皇位につき、死んだ皇子のためにも良き帝になろうと、世のため人のために力を尽くしたと言われています。


 そんな聖帝の血を引いているからでしょうか。
 大后は権力争いに巻き込まれた時、自らの手を汚さずに生き残ることがどんなに難しいか、よくわかっていました。
 だからこそ、ミカドの気持ちを思いやることができたのでした。
 ミカドは、そんな大后にだけは心を許すことができたのでした。

 しかし、そんなことを知らない他の人からみれば、こうなるでしょう。
“あの恐ろしくて、他人に心を許さないミカドにあそこまで気に入られるとは、どのような技をつかったのだろうか”……と。

「よし、きめたぞ」
 ミカドはやおら立ち上がってそう言いました。
「……なにをするおつもりです?」
 いやな予感がした大后はそう聞きました。
「これから先、おまえの悪口を言ったものは斬刑(ざんけい)に処す!」
「ぶふっ」
 まるで素晴らしいことを思いついたかのように、満面の笑みをうかべるミカドに大后は思わずむせてしまいました。
 斬刑とは、罪をおかした人の首を切り落として殺してしまうことです。
「どうだ?」
「どうだじゃありません。いけませんっ。何を考えているのですかあなたは!」
「ん、言った者だけでなくそやつの一族皆(いちぞくみな)にも重罪(じゅうざい)を科(か)したほうがよいか?」
「もっといけません! あなた、約束(やくそく)したではありませんか!」
「うっ」
「忘れたとは言わせませんよ。ほら、あのときの、イノシシ狩(が)りに出かけられた時のことを思い出してくださいませっ」

 大后の言う狩りでの出来事とはこのようなことです。


 天皇が一緒になってまだ日も浅かった大后と、大勢の部下を連れて狩りに出かけたとき。
 獲物はなかなか現れず、ミカドは苛々し、そんなミカドに部下達はビクビクしておりました。
 そこへ、やっとイノシシがあらわれます。
 絶好の場所に部下の一人が弓矢を構えておりましたが、その部下はたいへん臆病で、現れたイノシシに矢を射ることもできず、あたふたしてしまい、イノシシを逃してしまいます。
 ミカドは激怒(げきど)し「臆病(おくびょう)な部下など必要ない!」と、腰に下げていた剣(つるぎ)を抜き、その部下を斬り殺そうとしました。
 大后はそれをいさめ、こう言いました。
「イノシシを食べられないからと言って、大切な臣下を斬られますのでは、大悪帝とよばれてもしかたがありません。いえ、もはや大悪帝ではありません。残酷なけだものと同じです」
 それまで、ミカドにそのような言葉をかけられる者はおりませんでしたから、ミカドはたいそう驚きました。
 そして狩りの帰りに大后はこうも言いました。
「もう、むごいことをするのはやめてくださいませ。これから先も戦(いくさ)があるでしょう。あなたに仇なす者も現れるでしょう。でもせめて、無益な殺生はやめてくださいませ。民に、臣下に帝としての範(はん)を示してくださいませ……」
 ミカドはそう言われて、雷に打たれたような気持ちになりました。
 今までそんなことを面と向かって言われたことがなかったからです。
 大后の勇気と優しさに感動したミカドは、大后の言葉を聞き入れました。
 そしてしだいに大后にだけは心を開くようになったのでした。


 ――しかし、人はなかなか変われないものです。
 カッとなってしまうと、すぐにミカドは兄弟たちと血みどろの権力争いを繰り広げていた頃の自分に戻ってしまうのでした。

「し、しかしだなぁ、おまえ。イノシシ狩りの時とこれでは話が全く違うではないか」
「なにも違いませんよっ。むしろこちらの方が重大ですっ」
「だが、わたしは、耐えられないのだ。わたしは何を言われてもいい。実際ひどいことをしてきたのだからな。だがおまえは違う。わたしと一緒にいることで、おまえまで人に陰口をたたかれ、恨まれたりすることがどうしても我慢ならないのだ……」
 大后は心の中でため息をつきました
「お気持ちはたいへんうれしゅうございます。でもあなた。ここは我慢のしどころです。積み上げてきた努力は、たった一度の過ちで露と消えてしまいます。いつか、大悪帝と呼ばれない日も必ず来ます。それまでどうかご辛抱を……」
「いつまで我慢すればいいのだ。わたしは最近、悪いことは何もしていないぞ。むしろ国のために最善の努力を尽くしておる」
 でもほかの国にはちょっかいだそうとしてますよね――と、言いたいのを大后はぐっとおさえました。
「……ねえ、あなたはわたしを特別扱いしすぎていると思うのです。それが、その、わたしの陰口の原因になっているのかと」
 ミカドはきょとんとした顔になりました。
「第一の妃、皇后であるおまえを特別扱いして、何が悪いのだ?」
「……(そこに思い至らないとは……愛が深すぎてつらい)」
 大后は心の中で頭を抱えました。
 かしこいミカドですが、大后のことがからむと、他のことが一切合切(いっさいがっさい)そっちのけになってしまうのです。
「……今のわたくしはあなた様に可愛がられるだけの存在。広い土地を与えられ、しかもその土地の管理も力ある氏族に任せ、何の仕事もせず、遊びほうけているような悪女に他人には見えているのでしょう。それが陰口の原因かと」

 そこまで言ってほっと息を吐いた後、大后は慎重に言葉を選んでこう続けました。
「ですからわたしもなにか仕事がしとうございます。なにか民のため、国のためになるような仕事を」
 ミカドはあんぐり口を開けてしばし呆然としていました。
「い、いや。おまえはちゃんとやっておる。わたしも色々助かっているし、与えた土地のことも管理をしておる日下部(くさかべ)の連中に任せっきりというわけではないではないか。しっかりものだ。わたしはよくわかっておるぞ」
「ですからっ、あなた様にはわかっても、民や臣下にはそれがわかりづらいのです。大昔(おおむかし)から夫婦にはそれぞれの役割がございます。女は家にて家事の一切を取り仕切ります。田畑を耕しもします。でもわたしは侍女や下女にそれも任せっきりではありませんか」
「み、帝の妃とはそういうものだ。おまえは今のままでいい。そして、皇統存続(こうとうそんぞく)のため、いい子を産んでくれさえすれば――」
 そこまで言って帝はハッとして口をつぐみます。

 皇統存続とは、帝の血筋を絶やさないようにすることです。
 そうすることで、帝は自分の子供を次の帝にすることが良いことだとされてきたのです。
 しかしながら、仲むつまじいお二人は、まだ子を授かっていませんでした。
 気まずそうに「すまん」と謝るミカドでしたが、大后は心が傷つくどころか、ここぞとばかりに畳みかけました。
「そういえばあなた、この前、我が子を殺そうとしましたよね?」
「はあああ? え、あっ。そ、それはシラカのことか?」

 実は……ほかの妃とのあいだにミカドはすでに子をもうけていたのです。
 名をシラカといい、髪の毛が真っ白な不思議な皇子です。

 最初の子供は大后の子がいいと思っていたミカドは大后と二人っきりの時に「後に禍根(かこん)を残さぬために、いっそ殺してしまおうか」と呟いたことがあったのです。
 結果は、大后にこっぴどく怒られましたが。

「お、おまえ。あれはおまえと二人っきりの時のほんの冗談だ。本気でやるわけないだろう」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあります! もしあのとき、わたくしが“ええ、殺しましょう”とかいったら、あなたどうするおつもりだったのですかッ!」
「わ、わかった。おまえにはかなわん。悪口を言っただけで斬刑など、血迷いごとだというのがよくわかった。うん、そうだな。あ、おまえ。新しい着物が欲しくないか。こ、こんど用意してやろう」
 ミカドはしどろもどろになってしまって、最後の方はもう自分でもわけのわからないことを口走っておりました。
「だから、そうやって与えられるばかりだから、わたくしは陰口を言われているのです」
「そ、そうであったな。うん、どうしようか」
「……未だわたしは子を授かっていません。妃としての役目をちゃんとやっていないということです」
「や、やることはきちんとしているのにな。おかしいよな」
「な・ら・ば、せめて別の仕事をして少しでも皆の範になりとうございます」
「う、うん」
「ですので、衣は自分で作ってみとうございます」
 それを聞いて、ミカドはふっと真剣な顔になりました。
「作る? おまえが」
「はい」

 粛々(しゅくしゅく)と頷く大后を見つめながら、ミカドは思案顔(しあんがお)になりました。
 その顔は、カッとなって激情にかられる怖い王でも、愛する女性のために周りが見えなくなる愚かな男のものでもなく、間違いなく賢い王者の顔でした。

「おまえはわたしの妻だ。それも第一の妃である皇后だ。木綿や麻ではなく、身にまとうものは高貴な絹の衣でなければならぬ。それを自分で作りたいというのだな?」
「はい。機織(はたお)りをしとうございます」
「……わたしは本当に良き妻をもった。それは良い考えかもしれん」
 そういうと、ミカドは部屋の出口まで行って声を張り上げました。
「おーい! だれかおらぬか!」

 ミカドが呼びかけますが、なかなか返事がありません。
 それもそのはず。ミカドが大后といる時は、みな遠慮して遠くにいることが『とある事件』以来、すっかり当たり前になっていたからです。

「おーい! くそ、まったくもう――」

 毒づくミカドの前に、真っ白な髪をした小さな子供がとてとてとやってきました。
 先ほど、お話の中に出てきたミカドの子、シラカ皇子です。

 よもや、冗談交じりにも殺す殺さないの話題に自分が出ていたとは露とも知らず、シラカ皇子はあどけない赤い瞳で背の高いミカドを見上げました。

「おとうさま、どうかされたのですか」
「シラカか。よし、ひとつ頼まれごとをしてくれるか。」
 大后のときとはまた違った面もちで、ミカドはしゃがんで我が子に目線をあわせるとそう言いました。
「は、はい」
 かしこまって背筋をただすシラカを面白そうに見つめながら、ミカドはこういいました。
「スガルのところに行って命令を伝えて来て欲しいのだ。これは勅命だぞ? しっかりこなせよ?」
「い、いま牢(ろう)にいる、きゅうちゅうさいしのスガルどののところへですか?」
 とまどいの表情を浮かべるシラカに、ミカドは「あっ、そっか」と素っ頓狂な声をあげました。
「あいつ、まだ牢にぶち込んだままだったか」
「あなた、ひどすぎ……」

 後ろから聞こえた大后の非難に、ミカドは咳払いをしました。

「ごほん! いいか、シラカ、スガルにこう伝えるのだ――」

 シラカ皇子はミカドの言葉を一言も聞き漏らさないよう、真剣に聞いていました。
 そして、“ちょくめい”を聞き終えると、「わかりました!」と元気な声を出して走っていきました。

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